ロールモデル No.4 いわさき ひとみさん

1973年生まれ。夫と子ども1人(2歳)。大阪市在住。
株式会社ヴェルジェム 代表取締役
主に豊中市内の公共施設(すてっぷ、公民館等)でのパソコン講座を受託。
産休・育休:7カ月

短期の仕事を重ねながらキャリアを積み上げてきた

四年生大学を卒業後、財団法人に勤務するが2年ほどで退職。その後は、半年契約や派遣などの短期の仕事を色々とこなした。大学の研究室等で事務をしていた時に、ホームページ作成やパソコン講座の手伝いなどを並行して行っていた。大学での事務が任期満了になった後、それまでグループ活動として請け負っていたパソコン業務を本格的に行うことに決めた。この決断には、いろんな人が悩んでいる自分の背中を押してくれたことが大きかった。まず独学で会社づくりを学びながら、専門家の助けも得て2006年に法人化した。今は、代表取締役の自分1人が役員兼社員というかたちだが、他の5人のスタッフはそれぞれ本業を抱えているので、仕事単位で都度請け負ってもらっている状況である。その後、2009年に結婚したが、苗字が変わると結婚後の名前に法人登記を変更しないといけないというのが驚きでもあり手間もかかったが、なによりも、仕事に対する責任感と取引先との信頼関係が築きやすいということで、法人格を取得したことは本当によかったと思っている。

周りの理解に助けられて子育て中

2010年に長女を出産。産休・育休という制度はなかったものの、産前1ヵ月と産後半年ぐらいは実質的に産休状態であった。仕事面ではメンバーの頑張りや気遣い、取引先の理解に支えられた。「やっとくからいいよ」という声掛けもたくさんしてもらったし、まだ赤ちゃんで保育園に預けられないときに、だっこして打合せに参加したこともある。夫はイクメンとまでは言えないが協力的で、具体的なお願いをすればやってくれるので助かっている。ただ、まだ何をしたらよいのかわからないようで、そのあたりが今後の課題でもある。実家にも世話になっているが、親も高齢なので、時々見てもらうぐらいの適度な距離感が大切だと思っている。

出産前後の情報は主にインターネットで集めた。いわゆる会社勤めではないので利用したのは出産一時金ぐらいであったが、一番助かったのは、出産後に”産後うつ”のような状態になった時、思いがけず産院から電話が入ったこと、また、保健所からの保育士訪問であった。子どもと二人きりで向き合っていると意味もなく涙がこぼれてきたこともあったが、話を聴いてもらうなかで救われた。出産後、家にこもりがちになる母親を孤立させない仕組みとして心強い制度だと実感している。

娘は1歳半から一時保育に、2歳から保育園に預けている。実家の都合が悪い時の安心材料としてファミリーサポート制度にも登録している。また、仕事の打ち合わせなども「この時間まで」と事前に関係者に伝えておくことで予定通り帰れるよう工夫している。急な発熱時に預かってくれる病児保育をしてくれる施設がもっと増えればよいと思うし、いま預けているのは私立保育園だからかもしれないが、お盆休みなどがあって預かってもらえない期間があるので不便さもある。夜のパソコン講座への対応としてベビーシッターを探したこともあった。これからは、多様な働き方をする女性たちが増えたこの時代に合わせた利用しやすい保育システムが広がればよいと思う。

お互いがフォローし合える職場環境に

今は保育園だからよいが、学童保育は校区によってあったりなかったり、保育時間もまちまちだと聞いている。小学校からが大変になるんじゃないかと少し不安を感じている。また、今のメンバーからも親族の病院付添いなど、どうしても女性が負担せざるをえない状況にいる話を聞いているので、常に仕事で無理をしないようにとの声かけを心がけている。メンバーとは互いがフォローし合えるよう密に連絡を取り合い、柔軟性をもって会社を運営している。今後は、社員をむかえる可能性もあるので、経営者として、女性が子育てしながらも働きやすい職場環境や制度をしっかり整えていきたいと考えている。

働き続けたい女性へのメッセージ

起業や独立も、女性の働き方の選択肢のひとつとしてぜひ考えてもらいたい。自分は「仕事も子育ても、できる範囲でバランスよくできたらいいな」という気持ちだった。出社して何時から何時まで仕事という縛りがなく、時間に融通が利く今の仕事だからこそ両立ができたと思っている。

また、復帰するためには保育園の問題があり、どうしても思い詰めてしまいがちだが、そんな時はできる限りの周囲の助けを借りて、気持ちを少しでもラクにできれば前進できるんじゃないかと。育児休業の延長や保育園の待機児童の問題が改善されることで、もっと働き方の選択肢が広がればよい。

(インタビュー 2012.11)